歴代表紙写真 釜石お召 頂きモノ
過去のSPECIAL 山田お召

武田尾・20系「00/03/02〜00/03/16」

福知山線、武田尾〜生瀬(武田尾〜道場かも)の旧線区間です。ここは当時住んでいた家からも比較的近く、風光明媚なところだったのですが、残念ながら良い写真が残っていません。これを撮影した頃はゴハチメインでDDは片手間でした…。
これは20系時代の「だいせん」、ではありません。福知山線の下り始発(確か伊丹5:5?発の出雲市行客レ)は遅かったので、列車の利用でこの区間を走る「だいせん」を撮るのは無理だったはず。かすかに残るワタシの記憶では、とある夏に20系編成を昼間の多客臨に使われた事があり、その時のものだと思います。写真は午後の上りだと思います。


餘部鉄橋

「00/02/14〜00/03/02」


説明するまでもなく、餘部鉄橋です。この撮影地は雨が降るとぬかるむんですよねぇ。
モノクロ写真は撮ったのが殆ど学生の頃で、当時は一切データを取っていなかったので何時頃撮ったモノか不明です。これは撮った時の記憶も全くありません(笑)。
00年2月末にカニスキを撮りに行った時に車を下に停め、餘部駅まで登りました。駅までの道は若干分かりにくかったのですが、観光名所?らしく「←餘部駅」という看板が下の集落内に整備されていました。


スキマからコンニチワ



「00/01/30〜00/02/14」

撮影した瞬間の記憶はあるものの、撮影時期は不明です。旧客の車内から6×7で手持ちで撮影。高校生の頃かな?

カマ次位の客車は好んで乗ったなー。中間台車がレールの継ぎ目を通過する時のの「ジャジャン」という音が好きでねぇ。まず遠くの方でこの「ジャジャン」という音が聞こえ、次にDDと客車の台車で「ダダン、ダダン」と音がする。「ジャジャン」・「ダダン、ダダン」のエンドレス。

この音を聞きながら、ひとりデッキに佇む。最高の贅沢でした。願わくばもう一度・・・。


目ん玉びよ〜ん

「00/01/15〜00/01/30」

フツーは先にこっちを持ってくるのでしょうが、何故か2番目の登場となりました。中学生の時に秋田に行って、これも機関区に入れてもらって撮った…と思う(駅の外れだったかも)。既に運用からは離脱して、休車になった状態でした。
機関区に行った時の記憶はかなりあります。機関区の方がコーヒーをご馳走してくれた、訛りがきつくて会話が大変だった、帰りは駅まで職員送迎用のマイクロバスに乗せてもらった…いい思い出ばっかり!
あの時親切にして頂いた皆さんの事は、例え記憶力の悪い私と言えども忘れられないですねぇ(^^)


三つ目時代の741号機

「00/01/11〜00/01/15」

高2の冬休みに渡道した際に、鷲別機関区に入れてもらって撮った写真です。これが初渡道でした。当時は「番号撮り潰し」をやっていたので能率よく両数をこなすために、小樽築港・鷲別・旭川・釧路と機関区巡りをしただけで終わってしまいました。
今思えば貨物や客レをけん引して疾走する「生きたシーン」が全く撮れていないので勿体無い気もしますが、短い渡道期間と限られた予算では仕方がなかった…のかな。


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